尖閣諸島問題についてメモ(9月24日)2010/09/24

                                2010年9月24日/政審事務局

             尖閣諸島をめぐる問題について(メモ)

1、9月7日、尖閣諸島・久場島の北西約15㎞の日本領海内で、中国人船長と中国人船員14人が乗り組んだ中国漁船(166トン)と追跡中の海上保安庁巡視船「みずき」(180トン)が衝突した。海上保安庁は8日未明、同漁船船長を公務執行妨害罪で逮捕した。海上保安庁巡視船が、同諸島周辺の領海内で違法操業中を行なっていた中国漁船に対し、停船を命じつつ追跡を行なった際に、同漁船を巡視船に衝突させ海上保安官の職務の執行を妨害した容疑である。

2、海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突の詳細についてはわかっていない。日本政府は、中国漁船が巡視船に衝突してきたとして、日本の法令に基づいて厳正に対処していくとしてきた。一方、中国側では巡視船が中国漁船に衝突したとして中国漁船を被害者とする報道が行なわれている。この海域の領有権を主張する中国にとっては、ここで日本の国内法を執行すること自体が受け入れられないものと考えられる。なお、衝突時のビデオは公開されていない。

3、尖閣諸島周辺の海域は中国や台湾の漁船などの操業が相次いでいた。海上保安庁によると、多い日では約270隻を確認。1日に70隻程度が領海内に侵入していた日もあるという。事件が起きた7日も周辺で約160隻の中国船による操業を確認、うち約30隻は領海侵犯していたとのこと。

4、同漁船船長の拘留に対して中国側は強く反発し、閣僚級交流の停止などを打ち出した。日本青年上海万博訪問団の受け入れ延期、中国の健康食品販売企業宝健の1万人訪日旅行のキャンセルなど民間交流にも大きな影響が生じている。ハイテク製品の製造に必要なレアアースの輸出制限などによって、日本の製造業に影響を及ぶおそれも懸念された。河北省石家荘市では違法に軍事施設を撮影したとして日本人4人が拘束される事件も起きた。

5、日本政府は「(尖閣諸島は)歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成している」としており領土問題ではないとしている。中国側は「14世紀に最も早くこの島々を発見し、最も早く命名したことで、いち早くその主権を得て実効支配しており、国際法上、争う余地のない主権を有している」としている。1978年に日中平和友好条約が締結された際は「棚上げ」とされた。

6、9月24日、那覇地検は同船長を処分保留で釈放すると発表した。鈴木亨次席検事は記者会見で「我が国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当ではないと判断した」と述べた。仙谷由人官房長官は「捜査上の判断」として「政治的な配慮」を否定し、柳田稔法相は「指揮権を行使した事実はない」としている。

7、社民党は尖閣諸島の領有問題について日本政府の立場を支持しているが、同時に今回の事件に対しては柔軟な対応を求めてきた。このまま船長を起訴していれば、日中間の緊張は制御不能なレベルにまで高まっていた可能性があり、今回の釈放はやむを得ないものだったと考えている。しかし、本来、事態をこのように拡大し長期化させるべきではなく、逮捕したこと判断自体の是非も含め菅政権の責任は大きいのではないか。また検察に国益や外交に関わる問題を判断させるべきではなく、政府と外交当局が責任を持って判断をすべきであった。

8、領有権について争えば、双方とも引くに引けない状況となり、偏狭なナショナリズムを高めることにも繋がりやすい。互いに妥協できない困難な課題を前面に争うことは両国にとって何の利益にもならない。双方が冷静に実務的に処理をするよう心がけるべきである。日本にとって中国は好むと好まざるとに関わらず付き合っていかなくてはならない巨大な隣国である。日中の協力はアジアと世界に平和と安定、発展と利益をもたらす最も重要な二国間関係の一つ。今回の事件に目を奪われ、長年にわたって育んできた成果を失ってはならないと考える。

9、9月15日、ロシアとノルウェーは、旧ソ連時代から40年間にわたって領有権を争ってきたバレンツ海・北極海について、ほぼ2分する形で国境線を画定する合意文書に調印した。両国の経済水域がまたがる同海域には、石油と天然ガスが豊富に埋蔵されていると推定されており、1970年から国境線をめぐる対立が続いていた。今回の合意により、両国が資源開発に乗り出すことが可能となる。日中間の長年の懸案であった東シナ海のガス田の開発についても7月末に日中の交渉がはじまったばかりだ(今回の事件で中断)。領有をめぐって対立したまま一方的に資源開発を進めることは難しい。相互に妥協しながら漁業資源を分け合い、埋蔵資源の開発をすすめる枠組みを目指すことは、双方の利益に叶う。偏狭なナショナリズムを排しながら、冷静な話し合いをすすめるべきである。

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参考■日本政府の立場
尖閣諸島の領有権についての基本見解

 尖閣諸島は、1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものです。
 同諸島は爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、1895年5月発効の下関条約第2条に基づきわが国が清国より割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれていません。
 従って、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第2条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第3条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれています。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものです。
 なお、中国が尖閣諸島を台湾の一部と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第3条に基づき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し従来何等異議を唱えなかったことからも明らかであり、中華人民共和国政府の場合も台湾当局の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものです。
 また、従来中華人民共和国政府及び台湾当局がいわゆる歴史的、地理的ないし地質的根拠等として挙げている諸点はいずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえません。
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参考■中国側の立場
評論・日本政府による釣魚島灯台「接収管理」

中国が釣魚島(本文中、釣魚島とその周辺の島々を「釣魚島」と略称する)に国際法上、争う余地のない主権を有していることは、国内外の大量の史料が実証している。中国は14世紀に最も早くこの島々を発見し、最も早く命名したことで、いち早くその主権を得て実効支配した。明代の1562年に作られた「籌海図編」の沿岸防衛範囲の中に「釣魚嶼」「黄尾山」「赤嶼」が入っている。1863年の「皇清中外一統輿図」は「釣魚嶼諸島」を大清国の領土であると示し、台湾に付属する島として管轄していた。日本は1895年1月、甲午戦争(日清戦争)に乗じた閣議決定によって釣魚島を占領した。同年4月の馬関条約(下関条約)によって釣魚島は「台湾と付属の島々」の一部として日本に割譲させられた。第二次世界大戦後、日本はポツダム宣言によって、占領していた釣魚島を中国へ返還しなければならなくなった。しかし、米国は琉球諸島を信託統治する際、釣魚島を密かに同諸島の一部としてしまった。1971年に沖縄が日本へ「返還」され、釣魚島は今なお日本の統治下に置かれている。
日本は1970年代以降、釣魚島の主権を主張するための法的根拠を求め始めた。日本の外務省は1971年3月に「尖閣諸島の領有権についての基本見解」を発表した。同見解は(1)日本が1895年に釣魚島を占領した時「主のいない土地」だった(2)釣魚島は歴史上、日本の南西諸島に属しており、馬関条約(下関条約)で割譲された範囲に含まれていない(3)日本が戦後放棄するべき領土に属していない――などと主張している。だが、これらの主張は根拠があいまいだ。なぜなら1895年に釣魚島は中国の実効支配化にあり、島が「無人島」であることが必ずしも「主のいない土地」とは限らない。そのため日本の「主のいない土地は先に支配した者のもの」という論法は成り立たない。
日本はここ数年来「実効支配」によって主権を得ようと企図している。一つは、釣魚島は「私有地」であると主張し、右翼団体が島に上陸して建てた灯台を容認するなど主権行為を示している。二つ目に、海上防衛を強化し、中国漁船や釣魚島に接近しようとする「保釣」(釣魚島防衛)団体の船を追い払っている。三つ目に、日本政府は2002年4月に釣魚島を民間から「借り上げ」て、先日また灯台の「接収管理」を宣言した。その目的は言うまでもなく「実効支配」を強化して「時効取得」を達成しようとするものだ。
近代的な国際法において、征服によって強制的に領土を占領することは不法なものであり、「実効支配」がどれほど続こうとも初めから無効だ。「時効取得」は必ず平和で争うことがなく、長期的に持続した「実効支配」が前提でなければならない。中国政府は釣魚島に対する主権的立場を一貫して堅持し、日本に何度も外交ルートを通じた抗議を行い、釣魚島の主権を争う姿勢を一貫して表明してきた。このため、日本政府が灯台を「接収管理」する行為は徒労に終わるだろう。
1982年の国連海洋法条約の規定で、島(岩礁を除く)は大陸棚と200カイリの排他的経済水域を持つようになった。そこで日本は島の領有権を争うことによって海洋領土を広げる国家戦略を確立した。中国と釣魚島の領有権を争うことから始まり、韓国とは独島(日本名・竹島)を争い、ロシアとは北方四島(ロシア名・南クリル諸島)をめぐって綱引きしている。日本の海洋産業研究会の調査レポートによると、これら領有権を争っている島々は日本に200万平方キロメートルの排他的経済水域をもたらすという。
今回、日本政府が灯台をいわゆる「接収管理」した行動は、中国の東中国海における海底油田開発への報復姿勢を暗にほのめかしている。これは両国関係の悪化をいとわず、釣魚島を基点として東中国海の大陸棚と排他的経済水域を奪い取ろうとするものだ。日本の学者によると、釣魚島は日本に20万平方キロメートル以上の海域をもたらすとともに、東中国海大陸棚の石油・天然ガス資源の半分を獲得できるという。ここ数年来、日本はコストをいとわず海底地質探査を行い、2009年の国連大陸棚委員会に大陸棚の調査データを提出する考えだ。
このほか、日本はさらに「釣魚島をめぐる中日武力衝突論」をでっち上げ、「南西諸島有事対応方針」を打ち出し、釣魚島の軍事戦略上の地位を強化した。日本が今回灯台をいわゆる「接収管理」して緊迫した情勢を造り上げた意図は、「中国脅威論」を再び蒸し返し、その軍備拡張のため南西海域の防衛強化にもっともらしい理由を提供したのだ。同時に日本は釣魚島を利用して軍事基地を築こうと考えている。中国を押さえ込み、台湾海峡情勢に介入する伏線を埋めるためである。
これまで述べたように、日本政府による釣魚島灯台のいわゆる「接収管理」は国際法に矛盾する。釣魚島の主権は国際法によって判定されるべきである。領有権を争っている領土に一方的に主権を行使しても法的効果は生まない。釣魚島の主権帰属およびこれと密接にかかわる東中国海大陸棚と排他的経済水域の境界線確定問題について、中日両国は国際法に基づいて交渉で平和的に解決するか、あるいは国際司法裁判所か国際仲裁機関に訴えて解決すべきである。

※人民日報はが掲載した中国社会科学院日本研究所の孫伶伶博士の論文「人民網日本語版」2005年2月23日から
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