7・7シンポ…いかに共闘が難しいか2006/07/09

 「平和のために力を合わせましょう!」ということ自体には、誰も異論はない。まあ、そうですね、と。ところが、これが具体的になると簡単じゃない。
 院内に限っても「社・共は同じ護憲派」といっても実際にはかなり違う。164国会だけでも閣法が91本、議員提出法案が61本、条約が14本提出されているが、こうした具体的な法案への賛否だってバラバラ。憲法改悪に反対だったら他の課題はどうでも良いというわけにもいかないじゃないの。発想の回路も戦い方もぜんぜん違うよ。
 支持基盤も違う。それぞれの支持基盤どうしが長年にわたって対立してきた経緯もある。共産党は新社会党のと共闘を断った際に新社と部落解放同盟との関係をあげたけど(この主張自身不正確で同意できないが)、こういうことを言い出せば本当にきりがない。まあ、普通は思っていても露骨に言うことはないけどね。共産党は自らのセクト性に無自覚だから言えちゃうんだろうけど。
 だいたい、いまも社民主要打撃論なのかどうか知らないけど、共産党は自分以外は全部間違っていると思っているわけで、同陣営内の他勢力にどんどん矢を射るからとても一緒にできないという気持ちが強い。ほとんどの矢は敵陣までは届かなくて、護憲派の仲間に後ろから刺さっているんだから。後ろや横から矢を射てくるんじゃ味方とはいえないじゃない。
 こういう不信感を解きほぐしていこうと考えたら、とてもとても難しい。一般論として敵は強大だから一緒にやればといわれても、簡単にはいかないわけですよ。非常に難しい困難な状態なんだということは認識しておいた方がいい。
 たぶん唯一の方法は、それぞれが細かいことをぐだぐだ言っているヒマもないような、大きな流れをつくって巻き込んでいくことじゃないかな。裸の党派どうしで話がつくというのはあり得ないと割り切る。それとは別にハッキリとした大きな流れをつくって、それぞれに乗るか乗らないか突きつける。そういう流れが作れれば既成政党も無視できなくなって、合流してくる可能性があるんじゃないだろうか。
 例えれば、東京で内ゲバやってるグループ同士も沖縄なんかだと一緒の集会に参加できる。まあ理由はいろいろあるだろうけど、一番大きいのは普通の市民がたくさんいるってことじゃないかな。100人の党派Aと100人の党派Bと10人の市民が集会やったら一発触発でどうにもならないけど、100人の党派Aと100人の党派Bの間に1000人の市民Cがいれば1200人の集会ができる。ほっといても50人の党派Dも10人の党派Eも合流してくるよ。そういう1000人の市民Cの流れをつくることができるかどうかがカギじゃないだろか。市民Cをつくるときに既成政党の力をあてにしてはダメなんですよ。

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